これは、カードゲーム史で初めて世界を席巻した、最古の台風の記憶である。
ネクロの夏とは、1996年のMagic the Gathering世界選手権を指す言葉。黒い夏、とも。
黒単色デッキ『ネクロディスク』が上位の大半を占拠したことに由来する。
時は1995年。魔法戦争によって訪れた氷河期における文明をテーマとしたカードセット『アイスエイジ』に、
とあるカードがひっそりと収録されていた。
名をネクロポーテンス/Necropotenceという。
通常のドローの代わりに、ライフを対価にカードを引き、相手のターンが終わってから、引いたカードを使う機会が来る。
大量のカードを引くことが出来るものの、引けば引くほど死に近づく力。
払ったライフが即座に手札に変わらないというデメリットは思いの外大きい。
つまりネクロポーテンスは、単体では劣勢を挽回出来ないにも関わらずライフで劣勢になるカードだったのだ。
そこで相棒として白羽の矢が立ったのが、ネビニラルの円盤――通称『ディスク』である。
■ネビニラルの円盤/Nevinyrral’s Disk (4)
アーティファクト
ネビニラルの円盤はタップ状態で戦場に出る。
(1),(T):すべてのアーティファクトとすべてのクリーチャーとすべてのエンチャントを破壊する。
黒のお家芸たる手札破壊で相手の手札を空にして自分はネクロでドローを予約し、
円盤で戦場を五分に戻しつつ、ライフ支払いが難しくなったネクロも一緒に破壊する。相手は手札も戦場もがら空き。
ネクロディスクの誕生である。
ネクロディスクは強かった。
しかし、だからと言ってすぐに蔓延した訳ではない。
土俵が悪かったからだ。
■黒の万力/Black Vise (1)
アーティファクト
黒の万力が戦場に出るに際し、対戦相手を1人選ぶ。
選ばれたプレイヤーのアップキープの開始時に、黒の万力はそのプレイヤーにX点のダメージを与える。Xは、そのプレイヤーの手札のカードの枚数引く4である。
手軽なダメージ源としてデッキの色を問わず多用されていたこの黒の万力が、これ以上無い程ネクロに効果覿面だったのだ。
事実、ネクロは流行しなかった。96年2月、黒の万力の制限カード化までは。
天敵がデッキに1枚までとなったネクロディスクは蠢動。
直後のプロツアー3位入賞でトッププレイヤー達はネクロディスクに注目、密かに研究を始める。
――そして世に名高い1996年8月、世界選手権。
2月以来となる、世界規模の大会であった。
開始直後から「犬も歩けばネクロに当たる」とでも言うべき勢力図を描き出したネクロディスクは、
そのままの勢いで上位に犇めいた。もはや優勝は疑いない。
当然のように勝ち進むネクロ勢に多くのプレイヤーはゲームの荒廃を感じ、口々に言った。「ネクロの夏だ」「マジックはつまらなくなった」と。
こうしてネクロディスクは悪名高いデッキとして歴史に爪痕を刻み、
マジックの関わった全ての人々に教訓を残したのだった。
ネクロディスクは、まさに夏の台風であった。
そしてそれは、台風の後には輝く陽光と爽やかな白雲が広がっていることをも意味していた。
そう、黒き暴風に耐え、台風の“目”を、ネクロの間隙を衝かんとする、聖なる騎士達を従えし勇者の姿があったのだ。
□白騎士/White Knight (白)(白)
クリーチャー 人間・騎士
先制攻撃(先制攻撃を持たないクリーチャーより先に戦闘ダメージを与える。)
プロテクション(黒)(黒のカードに対して、ブロックされず、対象にならず、ダメージを受けず、エンチャントされない。)
2/2
□白き盾の騎士団/Order of the White Shield (白)(白)
クリーチャー 人間・騎士
プロテクション(黒)
(白):白き盾の騎士団はターン終了時まで先制攻撃を得る。
(白)(白):白き盾の騎士団はターン終了時まで+1/+0の修整を受ける。
2/1
□Order of Leitbur(ライトバー騎士団) (白)(白)
クリーチャー 人間・クレリック・騎士
プロテクション(黒)
(白):Order of Leitburはターン終了時まで先制攻撃を得る。
(白)(白):Order of Leitburはターン終了時まで+1/+0の修整を受ける。
2/1
□解呪/Disenchant (1)(白)
インスタント
アーティファクト1つかエンチャント1つを対象とし、それを破壊する。
ネクロの流行を確信していたトム・チャンフェンは、
プロテクション(黒)を持つ3種の聖なる騎士達と解呪を4枚ずつ無理なく搭載可能なデッキ、白ウィニーを自らのデッキとして選択。
蔓延るであろうネクロディスクに対抗すべくオリジナルチューンを施されたそのデッキはこう銘打たれた。
――『12knights』と。
円卓の騎士にもたとうべき十二の騎士とトムは予想通りに溢れ返ったネクロデッキに敢然と立ち向かい、斬り払い、黒の魔術師達を降し続け、
ついには決勝まで登り詰めたのだ。
決勝の相手は当然ネクロディスク。駆るは、当時最強プレイヤーとの呼び声高きマーク・ジャスティス。
後にマジック史上屈指と言われる名勝負の幕が開くと、途端にトムは追い詰められた。
何故ならマークが採用したクリーチャー11体のうち、7体がプロテクション(白)を持ち、もう4体は飛行を持つ惑乱の死霊だったからだ。
■黒騎士/Black Knight (黒)(黒)
クリーチャー 人間・騎士
先制攻撃
プロテクション(白)
2/2
■惑乱の死霊/Hypnotic Specter (1)(黒)(黒)
クリーチャー スペクター
飛行(飛行を持たないクリーチャーにはブロックされない。)
惑乱の死霊が対戦相手にダメージを与えるたび、そのプレイヤーはカードを1枚無作為に選んで捨てる。
2/2
白の対策デッキ戦すら想定済みとは、流石最強の呼び名は伊達ではない。
手札と戦場が荒らされ、とうとう12knightsの動きが止まった。もはや決着あったも同然。
トム、万事休してのドローは「天秤」。
□天秤/Balance (1)(白)
ソーサリー
各プレイヤーは、コントロールする土地の数が最も少ないプレイヤーの土地の数に等しい数だけ、自分がコントロールする土地を選ぶ。
その後、残りを生け贄に捧げる。同じ方法で、各プレイヤーは手札を捨て、クリーチャーを生け贄に捧げる。
恐らくこの瞬間を、マークは一生涯忘れないだろう。
まさか、最強のデッキを選択し、決勝で、計画通りに試合を進め、勝利を目前にして、
制限カードで60枚デッキに1枚のみの天秤を撃たれるとは――!!
これぞディスティニードロー。戦場、壊滅。
その動揺がデッキに伝わったか、マークはデモコンデスで自爆。トム、逆転優勝。
死と破壊を操る魔術師が自らの力に溺れ、騎士達の前に敗れ去った――
その様子はまるで、剣と英雄の叙事詩が現実世界に現れたようでさえある。
ネクロの夏はハッピーエンドで終わりを告げたのだ。
ネクロの夏を戦術的に見れば、TCG史上に残る理想とすべき事例であると言える。
本来優勝するほどの力を持たなかった白ウィニーが世界を征したのは間違いなくネクロが流行ったからであり、
「強いデッキや流行のデッキを選択することが最善とは限らない」
というゲーム性の高さの表れに他ならない。オリジナルデッキで流行デッキに勝つ――これこそがカードゲーマーの理想像なのだ。
いつか、何処かでまた、あるデッキが環境を支配するとき、どうか12knightsを思い出して欲しい。
その閉塞感を打破出来るのは貴方だけかもしれないのだから。